日韓・日中間の歴史とどう向き合うかを考える(麻生晴一郎・麻生水緒)

いよいよ通常講義は次回の特別講義を除けば今回で最後となりました。今回第六回目の授業はジャーナリストの麻生晴一郎氏と麻生水緒氏による”日韓・日中間の歴史とどう向き合うかを考える”です。
毎回講義を受ける前に課題図書を読むことが多く、今回に関しても同様に講師が出版している反日、暴動、バブル 新聞・テレビが報じない中国は今までの課題図書の中で個人的にとても興味深く面白い一冊でした。何十年もかけて中国の民間人との交流を共にし、反日暴動の意図や、共産党政府と民間中国人は全くの別物であること、マスメディアを信じない中国人など、日本のマスが報じる中国とは違う顔の中国が書かれています。本当の中国とは何なのか。



【プログラム】
・参加者紹介・・・塾生とリソースパーソンそれぞれの自己紹介
・塾生の発表・・・課題レポートを元に約10分のプレゼン
・リソースパーソンからのコメント・・・麻生先生による今回のテーマに沿ったプレゼン
(休憩10分)
・全体討論・・・約1.5H、それぞれのレポートへの意見




学校で習った中国・韓国


時の有力者の都合により、歴史というのは簡単に塗り替えられる事が出来てしまうもので、私たちが日本史の教科書で習ってきたことも数ある史実のうちの一つにすぎない。と巷で話題の文献やインターネットなどのおかげでいつしかそう考える方が自然になった。
学校教育や教科書によれば、日本は戦争を放棄し平和で素晴らしい国だと思っていたし、中国や韓国とは戦争での悲惨な体験を経て現在では良好な関係の中にあるものだと思っていた。しかし実際はそんな一言では語れるようなものではなかった。広島や長崎の原爆や東京大空襲などでアメリカから受けた被害は大きくクロースアップされているが、日本(軍)が戦時中に中国や韓国に対して犯してきた一つ一つの事件はほぼおおやけにされることはない。確かに史実は曲げていないかもしれないが、知らないことが多すぎる。


マスメディアが報道しない中国


china

中国では政府の目が行き届かないほど民間の領域の広さがあるとのこと。
日本のマスメディアから流れる中国人の印象だと、社会主義で情報統制がされて自由の無い固い人間のような印象を受けるが、実際にそのような人間は中国政府への依存度が高い人間だけで、政府の統制が効かない人間は自由自在に活動をしているという。
メディアもインターネットだけでなく、いくつかの都市報などはマスメディアよりも人気面では凌駕しているそう。日本の方がマスの代替メディアの台頭がないため(東京新聞は中国のそれに近い?)公に情報統制が敷かれている中国よりも、市民活動が活発でない印象を受けた。日本政府の方が国民をよく管理できているからなのだろう。
日本は世界の報道の自由度ランキングで180位中59位という後進国並の順位であるという事実も、インターネットが無ければ知ることはなかった。自由でオープンだと思っていた日本がこんなにもがんじがらめだとは思いもよらなかった。今の時代だからこそ情報コントロールが、教科書、新聞、テレビなどいたるところで起きていることを知れた。


すっかり今では「反日」イメージが定着してしまった中国を、日本人が好印象で見ることは以前に増してなくなってしまった。以前はわりと仲良かったんじゃないの?と短絡的に思っていたが、実際のところは好意的でない日本という思いが昔から脈々と変わらずにあったとのこと。
ただ反日運動は日本を一方的に攻撃するための感情だけではなく、中国人の政府に対する主張や意思表示としての側面も合わせ持っているのだと言う。2004年に中国で開催されたアジアカップで起こった反日デモは、まさに中国政府に対する不満を反日に載せて意思表示したとのこと。
また、中国でも民間のNGOや社会活動をしている団体が多数ある。民間同士での積極的なコミュニケーションは絶対に必要であり、そうした草の根の運動の積み重ねが十年後、二十年後の両国の平和に多くの貢献をすることになっていくと思う。


おとなり韓国とのつき合い方


korea

韓国との関係は、韓流やK-POPのおかげでだいぶ日本でも親近感を感じるようになっていたのだが、今では竹島や従軍慰安婦問題などの政治的な問題で文化交流も冷えきってしまう一方である。自分に韓国人の友人が多いため、相手に気を使えるやさしい人という印象を持っているが、テレビでたまに報道される韓国が反日を掲げ日本の国旗や時の首相の写真等を燃やす行為を見て、これほどまでに日本のことを嫌う国であったのかと思い知る瞬間もあった。
韓国の一部の人の大げさな行為を日本のマスメディアが定期的に報道するようになり、それが次第に「反韓・嫌韓」の日本人を生む一つのきっかけになったと思う。新大久保界隈で行うヘイトスピーチも注目されるようになってしまった。サッカー日本代表が韓国代表との試合を因縁と煽るのもあまり良いと思わない。
マスメディアが大げさに騒ぎ立てることでネガティブな空気を強くさせてしまうことは、良好な関係に向かうことをより考えられなくさせてしまう。マスメディアが両国の関係悪化に一役買っていると言えるのではないか。


被害者であり加害者でもある「日本」


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先の世界大戦で敗戦国となった日本は、隣国に対する自分たちの犯した罪を認めはしたものの曖昧な対応をとりながら今日まで来た。それが現在の日中韓の火種の一つになっていることは明らかである。単純に100%どちらが悪いなどと決める事の出来ない話しであるが、相手方の意向に沿って謝罪や和解を進めることが両国の発展に寄与することは確かだ。
歴史を見ると、アメリカやイギリスが東アジアや中東地域の隣国同士に火種を残し、お金や武器を投入して紛争地帯にし、争いが起きたあとで仲介に入り漁父の利を得るといった構図がある。だからこそ、近隣諸国との政府間での歩み寄りは必要であるし、国家を形成する市民による国民・市民レベルでのコミュニケーションもより不可欠であると思う。遅々として進まないのは様々な種類の既得権がはびこっているからだろう。どの国にも既得権は存在するのだから、より自由に動ける民間同士での交流を深め、お互いを知り良好な関係を築くべきだと思う。食や芸術など様々な切り口での文化交流が今後もより必要だ。


わからないものは恐い存在として捉えてしまい、まだ本当にお互いを知れていない状況だから様々な憶測が飛び交い、容易に排他的で恐ろしい回答にたどり着いてしまうのだと思う。中国が日本の領有権を脅かしている、軍事力を増しているといった話しが自国への脅威と切に捉えてしまい、自衛のために自国の軍備も強化する必要があるといった意見が深い考えなしにいとも簡単に正論となるが、軍備の件はもっと議論を重ねて慎重になる必要があると思う。中国や韓国の歴史やアイデンティティや人を深く知らないからこそ、こういう結論になるのではないのか。
たしかに日本は、戦後アメリカの傘の下で守られてきたことにより国防に関する意識が低いが、武力を持たずして平和を訴える術はあるのではないだろうか。欧米列強に肩をならべるために、自国を植民地にさせないためにと奮闘した明治維新後から大戦前の日本と、戦後の日本とでは確かに自国に対する歴史認識や国防の意識が弱いのかもしれない。しかし今は国が国を支配する時代から変わり、国や地域が自立して協調しあう方向に進んでいる。戦後70年間、世界各国の中で右や左の色もさほどつかず中立な立場で戦争放棄を謳い平和を維持してきたことは、たとえそれがGHQの作った方針であろうが、米国に逆らえない日本人であろうが、平和ボケと言われようが、先人が積み上げてきた歴史の一部であり日本が歩んだ70年の一つの立派な成果だと言いたい。
もし日本が軍備を整えたり国防軍を作る方向に向かうのであれば、近隣諸国への理解や密なコミュニケーションは不可欠だと思う。ただその行動に対し日本を脅威と捉えた各国やテロ集団が、日本を敵国とみなし攻撃することは容易に想定できる。果たしてコミュニケーション不足で表現下手で交渉下手の日本が、近隣諸国や世界へきちんと説明をできるのだろうか。今まで世界で起きた諸問題への対応や日本の発言を見る限りは期待は持てないし、正直不安でしかない。


多角的に情報を得て、広い視野でより良い判断を。


fighter

マスメディアの情報統制を理解するからこそ、一元的な報道を信じることを辞めなければならない。これはどの国にも言える事だ。どちらの国もそれぞれの国のマスメディアが煽る対立構造に簡単に踊らされてはならない。だからといってインターネットの情報が全て正解なはずはないわけで、様々な情報を取得しながら一つ一つの事象を俯瞰的に読み解く力が今の時代は特に必要だと思う。上から与えられた物をただ鵜呑みにすることではなく、思考停止にならずに自国のことも他国のことも本質的な所で理解するよう努める必要があるのだと思う。
戦後から現在にいたるまで、戦後の占領体制の枠組みの中で自立自尊の精神を忘れ、諸問題に対して思考停止や曖昧にすることで逃れてきた。良好な民間外交が政治外交を変えるぐらいの活発な活動になり、日中韓の良好な関係構築の活路を見出せると信じている。

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